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ごあいさつ

あけましておめでとうございます(ノ´∀`*)

…ってもう三月ですよ!!

自分でツッコンでみます。



お久しぶりでございます。まにのふです。
なんの挨拶もなしに何ヶ月もご無沙汰してしまいました。すみません…。
今更、更新したところで誰にも気づかれないのではと、ビクビクしながらも5ヶ月ぶりの日記更新であります。

お元気でしたか?



5ヶ月…その間、何をしていたかというと、
病気して入院して手術してリハビリしてました。

今はだいぶ元気を取り戻して、日常生活を順調に過ごしております。


(以下は病気の記述になります)

昨年は年明けから、大殺界ここに極まれり…といった感じで一年が始まり、体調を崩しっぱなしでした。
精神的にも常に不安定で、いつも「何か起こるのでは…」と危ぶんでいたらまんまと起こりました。

気分的にも落ち込んでいた年末も押し迫ったころ、気づいたら、字が書けない、絵も描けない、家事もままならないという状態になっていました。
みみずがのたくったような字を書いたり、どう頑張っても左右のバランスが滅茶苦茶な絵しか描けなくなっていて、どうにか作った料理も運んでいるうちに手の平行が保てなくなってこぼしてしまう有様でした。
その全ては身体の右側に集中的に現れていました。
モノにはぶつかりまくるし、キーボードも打てない…。それに加え、深く物事を考えることができなくなってました。

右半身麻痺。
…これは脳かな。

直感的にそう思いました。
そう思っても、半ば信じられない、信じたくない想いでした。
ふるえるほど怖かった。


意を決して病院に行き、CTを撮られ、自分の脳の中身を見ました。

説明を受けるより前に目に飛び込んできたものは…。
左大脳に卵大の白い影。

目の前が白くなりました。

その日のうちに入院することになり、看護師さんから説明を受ける中、

嘘でもいいから…

祈るような気持ちで、
「わたし、治りますか?」
と聞いてしまっていました。『治る』と言ってもらいたかったんです。

「まだ病名がはっきりしていないし、治療方法も確定できないので、入院して検査をしながらゆっくりね。焦らないで」
看護師さんの答えはこうでした。



その日から検査の日々が始まりました。
いつまでたっても、わたしには病名を知らされない日々。
(あ~…、隠されてるな)
なんとなく分かるものです。

入院当初、夫が「トイレへ行く」と言って、居なくなったことがありました。
しばらくして帰ってきた夫は、目の周りを真っ赤に腫らして、見るからに「泣きはらした顔」でした。


ふと、「死ぬのかな」という想念が頭に湧き上がりました。
例えば、死んで魂になって、母や姉をフワフワ漂いながら見守れるなら寂しくないし、悪くないかもなあ。
それとももしかして、妊娠中の姉の子供として、姉夫婦のもとに生まれ変わったりして…?それも悪くないなあ…
なんて考えたりして、死ぬことに向き合おうと思いましたが、一つ、夫の泣きはらした顔を思い浮かべると、
「置いていったらかわいそう」というか、「大丈夫かなあ?」みたいな気持ちが溢れて、その時初めて、
「死にたくないなあ」
という想いが、じわじわとねちねちと湧いてきました。
頑張ろう、と思いました。



不安な毎日、気を抜くと泣いてしまいそうな心を精一杯律して、あくまで平常心を努めていました。
夫は毎日、仕事を終えてから病院に来ては、一緒に夕飯を食べ、付添い人が帰る8時までいてくれ、実家の母もわたしの家から毎日昼頃には病院に来て、色々と身の回りの世話をしてくれました。

懸命にわたしを支えようとしてくれる人たちの前で、泣き顔は見せてはいけない。
でもたまに気が緩んで弱音が出たりもしましたが、
だってこわいんだもん!しょーがないじゃん…!!
…と自分に対して逆ギレしてみたりしてました。



そんなこんなの毎日を送り、ようやくわたしに病名が知らされる日が来ました。

病名は、「海綿状脳血管腫」という病気でした。
耳慣れないこの病気は先天性のもので、どうやら生まれたときから頭の中にあったようです。
血管がスポンジ状に奇形になる病気で、普通は幼いときに痙攣や癲癇(てんかん)などの発作を起こして病気の存在が解るらしいのですが、わたしには全くその兆候が現れなかったために、この歳までほったらかしになってたみたいです。
そして血管腫というのは、手術で全摘出すれば転移することもない良性の病気だそうです。

ここまで聞いて、だいぶホッとしました。
もっと手のつけられない病気じゃないかと思っていたので。
しかしわたしの場合、長年温床に放置し続けたために、普通では考えられないくらい患部が大きくなってしまい、しかもできたところが運動野と言語野に密接しているので、非常に手術が難しいと言われました。
手術が無事に済んだとして、右半身麻痺や失語症などの後遺症が出るかもしれないとの話でした。

でも、入院する直前はもう、ろれつは回らないは、右手はうまくきかないはで、すでに難儀してたので、ここはもう手術してもらって後遺症がでたとして、ゆっくりでもリハビリして、もとの状態に戻すように自分が努力するっきゃないかー
と、思うよりほかはないわけです。むん。

とかいっときながら、そんな単純にそう決心がついたわけでもないですが。
やっぱりガーン!となりました。でも!考えても仕方ないわけです。
手術後のことを考えたって。


ちなみに、後になって聞いたことですが、わたしの患部が血管腫にしては格段に大きいので、先生は初見でCTを診たときに、血管腫だとは思ってなかったそうです。
悪性の脳腫瘍の可能性が一番高い、と診断したそうです。
しかもこの大きさだと、余命は一年。

わたし以外の家族にはそう伝えられていて、そのことをわたしに告知するかしないかを家族間で話し合っていたとか…。
でも検査を重ねる内に、少しずつ血管腫の可能性が出てきて、脳血管造影検査という、動脈に直接管を入れて脳のデキモノが癌細胞かどうかを調べる検査でようやく確定したみたいです。
なにはともあれ、ドラマや映画で見るよなシーンが自分に起こらなくて良かった、と胸をなでおろしました…(笑)



手術の日。
左側の髪の毛を剃られて軽くテンションダウン↓

でも、身重の姉と旦那さんも青森から無理してきてくれて、義父も義母も駆けつけてくれて、もちろん夫も母もいて。
緊張はしたけど、あとはどうせ寝てるだけなんだからと励まされ、肩の力を抜いてもらいました。


そして9時間もの手術を耐え抜きました。寝ながら(笑)
目を覚ますとそこは集中治療室でした。
隣のベッドで寝ているじじいのいびきが、やたらうるさいな(怒)という思い出があります。
とにかくこのベッドが寝苦しくて、早く病室に移動にならないかなと思った記憶があります。
きっと朝になれば移動だろうと思い、時間が知りたくなったので、ナースコールで看護師さんを呼び、「今、何時ですか?」と聞こうとしました。ていうかまずそんなことでナースコールを使うな。迷惑な話だ!(今更)

「どうしました?」
看護師さんに聞かれ、質問を言おうとしたのですが、
「あ…、あ……?」
言葉がそれ以上出てきませんでした。
それから何度もしゃべろうと試みたのですが一向にしゃべれる気配はなく…。
看護師さんもわたしが何を伝えたいのか、一生懸命察しようと努力してくれるのですが伝わらず。ただ時間が知りたいだけなのに…。
なんか色々やってるうちに、さすがに疲れてきて「もういいです」と言いたいのに、それすら伝わらず…。
なんだか哀しかったです。なんでしゃべれないの?と自分に腹が立って。

朝になって、衛生服をきた母が顔を出しました。
「おかあさん」
!!しゃべれた…!
たどたどしいけど、しゃべれました!わー
このまま一言もしゃべれなくなったらどうしようかと思ってたけど、ていうかその時は「おかあさん」と「あの」とか「その」とか「ううん」とか「うん」しかしゃべれてないけど、ホッとしました。
手術後間もないからきっとこういう状態なんだと、もっと時間が経つごとにしゃべれるようになる!
この時は自分が失語症を発症したとは思ってませんでした。


「失語症です」
術後数日経って、言語療養士の先生がずばりと言いました。
この数日の間に、話せる単語も少しずつ増えていたので、こうやってどんどん話せるようになるもんだと信じていたのに…。
ショックのあまり、前進していた言葉もちょっと退化しました。
「失語症は始めの三ヶ月が重要です。この間にどれくらい伸びるか…。
日常生活に問題なくなるまでは、長い目で三年間ぐらいはみて、焦らずやりましょう」

さ、三年間……。なげーよ…。

軽く気絶しました。





それからどうなったか?
幸いにも身体の方に後遺症は出なかったので、言葉のリハビリにとにかく集中しました。
そしたら案外すんなりしゃべれるようになりました(笑)
疲れたりするとろれつが回らなかったり、漢字の使いどころを間違ったり、助詞の使い方を間違ったりしますが(この文章も怪しい)、日常には問題ない程度に回復いたしました。
よかったです。



もっと短い言葉で報告しようと思ったのですが、思いがけず長くなってしまいました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
とりあえず、元気です、生きてますというご報告と、きちんとサイトを管理できなくて申し訳ありませんというお詫びをしに出てきました。
今日からは、無断の休止状態だったサイトも少しずつ復活していこうと思います。
前にも増してゆっくりの運営になるかと思いますが、思い出したときにでも遊びに来てくださると嬉しいです。


これまでの経験を通して、わたしが一番に感じたことは、周りの人たちに対する感謝の気持ちと、生きてるだけでラッキーなんだ、ということ。
何をしても見ても聞いても、生きてるんだー!ってことを感じて、ありがたくて泣けます。
少々の危機はありましたが、わたしは生かされたんだ、と思って、これからの人生をキラキラ輝いたものにしていけたらと思っています。
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| 日常 | 19:36 │Comments7 | Trackbacks0編集

コメント

おかえりなさい
ごぶさたです、こんばんは。
突然の更新停止本当に心配してました。
なにか病気でもしてるんじゃないだろうか?などとも思いながらちょくちょくと覗いていたのですが。
今日、TOPイラストが更新してあるのを見てすかさず日記に。
本気で涙が出ました。
おつかれさまでした、負けないで下さい、そして本当におかえりなさい。

2006.03.03(Fri) 20:16 | URL | TaG|編集

とにかくよかったです。
掲示板が消えてたりしたのでいったいどうしたのだろうと思っていたのですが・・
とにかく文章を読む限りかなりよくなってきてるようですね。大変でしたね。
私はまだおかげさまで病気らしい病気というものをしたことがないので、自分が死ぬのかもなんて思ったこともないですが、もしそうなったらどうだろう、と自分に置き換え考えただけで、ものすごい怖かったのだろうな、と思います。

また元気になられて絵のお話をしましょう~。
あれ、リハビリに絵みたいな創作活動ってよさそうなイメージですがそうでもないのでしょうか。

2006.03.04(Sat) 23:23 | URL | えびら|編集

のわ~~~っ ・゚・(つД`)・゚・
誰も気づかないだろうと思っていたら…!
ありがとうございます。
あったかいコメントにまたも泣けました…(;つД`)

>TAGさん
お久しぶりです。
休止中もちょくちょくと覗いてくださったのですか…!
すみません…なんの更新もない状態だったのに…( TДT)
それに心配までしていただいていたとは!!
ありがとうございます、ありがとうございます(_ _(--;(_ _(--; ペコペコ
色々と省いてこの文章を書いたつもりだったんですが、後になって書き過ぎたかな…?と焦ってしまいましたが、TAGさんの励ましの言葉が胸に響いて、その言葉にとても救われました。
「おかえりなさい」をありがとうございます。これからも宜しくお願いします(ノ´∀`*)

>えびらさん
お久しぶりです。
掲示板とかはレンタルの期限切れで消えてしまったのですよ。期限が切れるのは分かってたんですが、入院中のため、どうすることもできず…
サイトのコンテンツがぼこぼこ穴だらけになっていて、どうにも不審な感じを発していたと思いますm( __ __ )m
ご心配おかけしました( TДT)
絵を描くことは、とっても脳にいいですよ~~~!
好きなことしながら、しかもそれがリハビリになるなんてウハウハですね(笑)
こちらこそ!また絵のお話しましょう~。
何か色々絵の情報仕入れたら教えてください~!
あたたかいコメント、ありがとうございました。

2006.03.06(Mon) 17:24 | URL | まにのふ|編集

おっかえり~!!!!
うおお、気づくの遅れたッ(がーん)
くそう、私としたことが、ちょくちょく覗いてるつもりだったのに出遅れるとは…(指を噛む)

ま、そんなこたどーでもいーとして(笑)

おかえりなさいおかえりなさい。
ほんとに待ってたよ。
風ちゃんから、入院してるっぽいことはちょっと耳にしてたから、ちょっと(いや、かなーり)心配してたんだけど、まぁ、まにちゃんのことだ大丈夫だ!と根拠なく気長に待ってましたよッ。
でも、ほんとーに良かった。
大変だったね、ホントよく頑張ったね。
私もまた、まにちゃんと一緒にやれるって思ったら嬉しくてたまらんです。
いやぁ!この春は、風ちゃんの出産といい、まにちゃんの退院といい、いいこといっぱいだ!
私も頑張るよ!
また落ち着いたらでいいから、東屋にも顔を出してねん。待ってるよー!

2006.03.08(Wed) 23:59 | URL | 秋姐|編集

たっだいまあ~~!!です(笑)
おおぉ…姐ちゃん、お久しぶりですぅ~~つД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚

そんな出遅れた、なんて…
更新が無いにもかかわらず、気にかけていただいて、ちょくちょく覗いてくれたなんて、それだけで頭が下がる思いですよぉ~~うわーーん(号泣)

いやあ…昨年は、色々と中途半端にしてしまい、申し訳ありませんですた…
なんとなく顔向けできない気持ちでありました…。
それが、姐ちゃんがわたしのことを待っててくれて、それに退院も喜んでもらえて、それだけでもう嬉しいっス!!

わたしのことだから大丈夫って…、姐ちゃんにそう思わせるオーラがどこかから出てるんですかね(笑)(わきの下とか)
なんにせよ無事に帰ってこれて良かったです(´▽`*)

それで、実は明日から青森の実家に一週間ほど帰ってこようと思いますよ。
風も今、実家にいるので、甥っ子(王子)に初対面してきますよー!
うふふふ楽しみです…(ニヤリ)
叔母として許される範囲で、ガン見しまくったり、ガン見しまくったりしてこようと思いますよー!うふうふ

姐ちゃんは相変わらずお忙しそうですが、無理せず、身体だけは大事になさってくださいね!!
以前のように、またふら~っと顔出しに行きますね( ^▽^)

2006.03.10(Fri) 21:59 | URL | まにのふ|編集

生きてて良かった! ね
最初に病気の事聞いたときは信じられなかったよ。
こないだまで遊んだりしていたのに~なんでやねん!って感じで。

手術する日の前の晩はほんとに眠れなくなったよ。
うちの旦那にも「一緒に、まにの無事を祈って!」
って言って二人であやしげな祈りを捧げていたよ(笑)

今となってはだけど けして辛いだけの無駄な経験ではなかったんだろうし 生きてる事に感謝できるってすごいことだと思うよ。

それにしても君の回復力には脱帽だよ。 治るのに三年かかるって言った先生はなんだったのさ・・・

まぁでも ムリせずに少しづつでも前に進んでいければいいよね。
これからも応援してるよ!



2006.03.30(Thu) 13:32 | URL | 奥さま|編集

おお!
まさかこんなに遅れてコメントが来るとはっ(笑)
ありがとう、心配かけたね。
本当にリアルタイムで心配させちゃったからね。
でも、手術の前日にそんな怪しげな祈りを捧げてたとは知らんかったよ。
旦那さんにも迷惑かけたね。
今度、ペヤング買ってくから(笑)

入院中は連絡取れないだろうからと、夫宛に送ってくれた葉書、大事に取っといてるよ。

そういう色んなことに支えられて現在があるんだと、本当に思うよ。怪しげなお祈りもね。

そう!今だから笑い話になることっていっぱいあるよね。
こないだ実家で母に、
「あんたちょっと病名違ってたら、生きてないよね!あははは!」
とか、さも可笑しそうに言われて、ちょっと複雑な気分になったりとかね。

でもさ、自分より本当にキツかったのは周りの人たちだと思うんだ。
だから、そのキツい状態から解放されて、ほんっとに良かったなあって思うんよ。

応援ありがとう。
ちょっとずつ前に進んでいきたいね。

2006.03.30(Thu) 23:15 | URL | まにのふ|編集

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